田中角栄

昭和を代表する政治家の田中角栄元総理大臣。悪役イメージもありますが、膨大かつ明晰な知識と徹底してやり抜く実行力から「コンピュータ付きブルドーザー」と呼ばれていました。この田中角栄氏も幼少期には吃音に悩んでいた過去を持っています。

田中角栄氏経歴

  • 1918年生:新潟県柏崎市出身
  • 1933年:二田高等小学校卒業
  • 1947年:衆議院議員初当選
  • 1972年:内閣総理大臣就任
  • 1974年:内閣総理大臣辞任
  • 1976年:ロッキード事件発覚
  • 1990年:政界引退
  • 1993年:75歳にて死去

田中角栄氏と吃音

昭和を代表する政治家の田中角栄元総理大臣。総理大臣を退いてからもその影響力を発揮し続けた偉大な政治家でした。そんな田中角栄さんは苦労人政治家としても知られています。幼少期は貧しい生活を強いられていました。元々農家で裕福ではなかったうえ、父親が事業で失敗したために極貧の生活を送っていたようです。そのため、母親も寝る間も惜しんで働いていたそうです。
このような環境のためか、幼少期に吃音を発症したそうです。そこで、田中氏が取り組んだのは浪花節でした。浪花節は七五調で演じられるのが特徴です。リズムに乗って発生する点は歌をうたうのと同じですので、吃音の改善法としては理にかなっています。更に、浪花節の特徴は、大音と呼ばれる遠くまで響き渡る声の訓練をする点です。そのため、白声・寂声・胴声などと呼ばれる独特のしゃがれ声を出す稽古を行っていました。
浪花節の稽古では、喉から血が出るような修業を積んだという苦労談が多くあります。田中氏の声は独特のしゃがれ声で有名で、よくモノマネもされていましたが、同時に演説の名手としても知られ、この声で聴衆の心を掴んでいました。これは吃音改善のために取り組んだ浪花節の賜物だったと言えるでしょう。
田中角栄氏がもし吃音でなかったら、総理大臣としての活躍もなかったかもしれません。

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