小川宏
日本を代表する司会者だった小川宏さん。伝説の番組「小川宏ショー」の司会を長年務められた方として知られています。残念ながら2016年に90歳で亡くなられました。小川宏さんは、吃音を克服してアナウンサーになった最初の人と言ってもいいでしょう。

小川宏さんプロフィール

  • 1926年生:東京都墨田区出身
  • 1949年:早稲田大学を卒業後、間組(現在の安藤ハザマ)に入社したが半年で退職
  • 1949年:NHKに二次募集で入局
  • 1955年:テレビクイズ番組の草分け「ジェスチャー」の司会に抜擢、以後10年間司会を務める
  • 1965年:NHK退局、フジテレビと専属契約
  • 1965年:朝のワイドショー「小川宏ショー」の司会に就任、以後17年間務める
  • 「小川宏ショー」通算回数が4451回となり、人名を冠した番組の最長寿記録」としてギネスブックから認定(後にタモリの「森田一義アワー笑っていいとも!」が更新)
  • 「小川宏ショー」終了後、うつ病を発症、自ら克服。この体験談を元に出版・講演活動で活躍
  • 2016年:多臓器不全により90歳にて逝去

小川宏さんと吃音

小川さんの吃音に関して、ご本人の言葉は残っていませんが、周囲の方からのコメントがあり、その方々への影響があったようです。
まずは、落語家の三遊亭円歌さん。小川さんとは幼馴染だったそうです。小川さんに吃音があり、そのマネをしていて自らも吃音になってしまったそうです。そのため、円歌さんは吃音を克服しようと落語の世界に入ったと自らの創作落語のなかでも語っています。
次に、同じアナウンサーでもありワイドショーの司会者でもある小倉智昭さん。小倉さんは「小川宏ショー」の大ファンで、小川さんが元々吃音がありながらテレビで司会者をしているという事を知ったのがきっかけの1つだったと話しています。
このように、小川さん自身がどのようにして吃音を克服したかは定かではありませんが、吃音を持ちながら日本を代表する司会者にまでなった方がいるという事が同じ悩みを抱えている方々に大きな勇気を与えたことは間違いありません。小川さんの存在がなければ、アナウンサーとしての小倉智昭さん、落語家としての三遊亭円歌は存在していなかった可能性もありますし、吃音に対しての理解も未だに進んでいなかったことでしょう。

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