中坊公平

弁護士として長年活躍されてきた中坊公平さん。特に森永ヒ素ミルク中毒事件や豊田商事事件での被害者救済が有名で、「平成の鬼平」とも呼ばれてきました。後に日弁連会長まで務められ、戦後の日本を代表する弁護士と評されましたが、実は長年吃音に悩まされていたそうです。

中坊公平さんプロフィール

  • 1929年生:京都府京都市出身
  • 1953年:京都大学法学部を卒業
  • 1954年:24歳で司法試験合格
  • 1973年:森永ヒ素ミルク中毒事件被害者弁護団と千日デパート火災テナント弁護団の団長に就任、被害者の救済などに奔走
  • 1985年:豊田商事の破産管財人に選任
  • 1996年:住宅金融債権管理機構社長就任
  • 1999年:整理回収機構社長就任
  • 2000年:小渕内閣特別顧問に任命
  • 2007年:弁護士廃業
  • 2013年:心不全のため83歳で死去

中坊公平さんと吃音

中坊さんの吃音は大人になっても改善せず、苦労されたようです。
弁護士の口述試験では、あまりの喋りの悪さに試験管に笑われてしまったそうです。
また、友人の結婚式のスピーチでは座を白けさせ、「弁護士なのに弁が立たない」と言われた経験もあるそうです。
しかし、数々の事件の弁護で注目を浴び、「平成の鬼平」と言われるようになりました。その後、日弁連会長にまで上り詰めました。
中坊さんの場合、吃音というコンプレックスがあったからこそ仕事で見返そうと思ったのかもしれません。

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